こんにちは、りびぃです。
普段は生産設備の設計の仕事をしていますが、設計をしている中でよく現場の方と議論になるのが「設備の安全性と生産性」についてです。
もし今私が皆さんに「安全対策はやるべきか?」と質問すれば、おそらくほぼ全員が「するべき」と答えると思います。
作業員の気持ちとしても劣悪な労働環境で働くのは嫌ですし、健康を損なう事態になれば仕事が継続できなくなります。
また工場経営をしている方にとっても、生産現場で事故やトラブルが発生し、それがメディアなどで報じられる事態となってしまえば社会的信用を失いかねません。
なので「現場の安全対策は重要である」ということは、皆さん頭では理解しています。
ですが一方、実際に安全対策を導入しようという話になると、
- 作業者の作業工程や安全確認が増えるので作業スピードが落ちる
- ルールの更新・運用管理をする手間が発生する
- 作業員の頻繁な入れ替わりや、外国人労働者への対応の中で、都度教育するのが大変
などのように、生産性が損なわれるデメリットが発生すると考えている人は少なくないと思います。
さらには昨今の時代背景として、
- リードタイムの短縮化がどんどん要求されるようになってきていること
- 労働者不足、労働者の高齢化等が深刻化していること
ということがあり、生産性を向上していかなければ工場経営が難しいという実態もあります。
こういったこともあり、安全対策と生産性はどうしてもトレードオフになってしまいがちで、頭を悩ませている方も多いのではないでしょうか?
そこで今回は、生産現場の生産性向上と安全対策について、どのように考えていけばよいのかについてのノウハウを解説していきます。
安全対策と生産性向上についてどのようにバランスを取っていけばいいのか、あるいはどのように両立していけばよいかについて、そのヒントとしていただければと思います。
目次
昔は安全より生産性が優先だった!?
まずは「安全対策ばかりやっていたら仕事にならない!」と考えている方に、ぜひ知っておきたいことがあります。
製造業に関わったことがない人でも一度は「安全第一」という言葉を聞いたり目にしたことがあるかと思いますが、実は昔は安全第一ではなかったのです。
1900年代初頭、工業が急成長をし始めてた頃のアメリカにおいて「生産第一・品質第二・安全第三」が常識でした。(厚生労働省、リスクアセスメントシート(熱交)より)
なんと当初は「安全」なんて二の次だったという時代があったのです。
そのため、当時の現場では劣悪な環境の中での危険な作業が当たり前に行われており、労働災害が日常的に発生していたそうです。
そのような状況を人道的な観点から重く受け止めた当時のUSスチールの社長が、会社の経営方針を「安全第一、品質第二、生産第三」というように抜本的に変革をしたのが「安全第一」の原点だと言われています。
やがてこの「安全第一」の考えはアメリカ国内の多くの工場にも普及していったと言われています。
安全第一となったことで、現場の労働災害は狙い通り減少していきましたが、加えて驚くべき効果も得られました。
なんと品質や生産高も向上していったそうです。
これは私の予想ではありますが、品質や生産高が向上した理由の一つ目は「作業者のモチベーション向上」が挙げられると思います。
「我が社のために危険を冒して作業してください」と言われて喜ぶ作業者なんてまずいません。
生活をするために仕事をしているにもかかわらず、怪我や病気をして仕事が継続できなくなり、生活が苦しくなるとなれば本末転倒です。
そのため職場環境が劣悪だとなれば、現場作業員の心情としては「仕事の質なんかよりも、自分が怪我しないことの方が重要」となるでしょう。
その結果、作業の品質や作業スピードが悪化すると考えられます。
これに対して現場の安全性が向上したことで、作業員が怪我をする不安が払拭されてモチベーションが向上し、品質や生産量が向上したのだと思います。
二つ目は「ダウンタイムの削減」です。
現場では労働災害が発生すると、作業が大幅にストップします。
怪我をされた方の救助活動や、災害の原因究明・再発防止策について検討されなくてはならないためです。
そのため労働災害が頻発するとなれば、その分作業がストップする時間(=ダウンタイム)が長くなっていきます。
これに対して、安全対策が適切に実施され、労働災害の件数が減少したことによって生産性が向上したのではないかと考えられます。
その後、これを見たとある日本人によって「安全第一(当時は安全專一)」の概念が1916年に日本へ輸入され次第に普及していくようになりました。
「なぜ安全であることは重要なのか?」について「そもそも人間の安全や健康が大事なのは当たり前」というのはもちろんそうですが、それ以外にもこのように品質向上や生産性向上の観点からも「安全な環境」はむしろ重要なのです。
ちなみに現在では労働災害が起こると、場合によっては労働基準監督署や警察などによる調査を受け、最悪は作業停止などの行政処分が下されることになりますので、その観点からも安全対策は重要です。
安全対策は徹底してやるべきなの?
一方で中には「安全対策は徹底してやるべき」と考えている人もいて、確かにそれ自体は私も正しいと思います。
ですがこのように考える方にも、ぜひ知っておきたいことがあります。
それは「安全対策の目的」についてです。
安全対策の目的として「危険やリスクをなくすこと」とおっしゃる方がいるのですが、実はこれ間違いです。
確かに「危険やリスクをなくすこと」ができるのが最大の理想ですし、それが達成されれば労働災害をゼロにできますが、
- どんなベテラン作業者でも、人間である以上ミスはする
- 機械化しても、機械はいつか故障する
という現実があり、これを完全に消し去ることは不可能なのです。
そのため安全対策の目的とは「許容できる程度になるよう、危険の度合い・リスクを下げること」です。
例えば極端な例ですと「年に一度起こるかどうかの危険で、起こったとしても最悪かすり傷程度で済むようなものに対して徹底的に安全対策をやるべきか?」と問われれば、それはやりすぎだと考えられます。
実はこの考えは、JIS Z 8051にも示されていることでもあります。
よくある安全対策とその問題点
現場で安全対策について見直されるタイミングとして、
- その現場で災害やヒヤリハットが起こった際
- ニュースで他社工場で発生した事故の様子が報道された際
ということが非常に多いです。
もちろん安全対策を見直すこと自体は重要ですが、安易に安全対策を導入すると全然効果を発揮しなかったり、単に生産性が下がるだけのものになってしまいがちです。
ここでは「現場でよくある安全対策とその問題点」についてご紹介していきたいと思います。
必ずしもダメだということではないですが、問題点を理解したうえで適切に運用することが重要です。
チェックシート
チェックシートの運用による安全対策は比較的導入がしやすいためよく見かける方法ではあるのですが、実はこの運用方法にはいくつかの注意が必要です。
一つ目は「チェックシートに曖昧な表現が含まれていると、効果を発揮できない」という点です。
例えばチェックシートの項目が「〇〇の温度について問題がないか」となっていたとします(実際、こういうチェックシートは本当に多いです)。
ですがここには「問題がないとは、どういう状態なのか?」について何も具体的なことが書かれていないので、よっぽどの有識者でない限り適切に判断することができません。
この場合「〇〇の温度について、xx以上、xx以下の範囲になっているか」などのように、より具体的な表現で項目を作る必要があります。
二つ目は「チェックシートに含まれていない項目は、チェックが漏れやすい」という点です。
例えばチェックシートの項目で「A部の安全カバーをしたか」となっていたとします。
そうするとA部については安全カバーのチェックがなされやすくなります。
しかしB部についてはチェックが漏れやすくなります。
このB部が通常作業なのであれば、チェックシートの項目に追加する形で補うことができますが、例えばB部が「臨時対応の作業」や「メンテナンス作業」など、作業頻度が少ないものであるほどチェックが漏れやすいという特徴があります。
三つ目は「チェック作業が単なるルーティン化しやすい」という点です。
チェックシートを具体的かつ漏れなく作成していくと、チェックするべき項目の数がかなりの数になってしまいます。
チェックシートの運用が始まった初期は安全の意識を持って確認とチェック記入がなされていくことが多です。
ですが、次第に日々の業務に追われつつ、このチェックシートを埋めなければならない状況になっていく中で、
- 無意識にチェックが行われるようになる
- そもそもチェック作業をやらずに作業が進められている
- 本来の「現場でのチェック」ではなく、事務所に帰ってから記憶を頼りにチェックシートが作成される
などのように形だけのチェックに終わることが多いです。
この様になった結果、実際には不備があるにも関わらず見逃されてしまうことが増えていってしまうのです。
ルールの追加・変更
こちらもよく導入されているのを見かける方法ではあるのですが、こちらにもいくつか注意点があります。
一つ目は「ルールを追加・変更は、慎重に行う必要がある」という点です。
問題が深堀りされずその場しのぎで新しくルールが追加されていったり、「今後は一切〇〇は禁止!」と上長が感情に任せて突然決めるなどといった様子を聞きます。
ですが本来は、
- そのルールを運用することが現実的に可能なのか?
- そのルールを適用することは、根本的な対策になるのか?
- そのルールを適用すると、他のルールとバッティングすることにならないか?
- そのルールを適用したことによるデメリットはあるか?そのデメリットは許容できるものか?
- 例外の事例が発生した際はどのように対応するのか?
などが考えられたうえで追加変更されるべきです。
ルールの内容によりけりではありますが、安全対策のルールを適切に作ることが容易ではないものもあることは理解しておくべきです。
二つ目は「ルールは決めるだけでなく、正しく運用されているかのチェックも重要である」という点です。
よく現場管理者や本部の方が「今後はこのようなルールとする」などと仕組みを作るのに一生懸命になっているのを見かけますが、一方でルールを作り終わった途端に満足してしまっているような光景を目にします。
しかし実際には「そのルールが正しく運用されているかをしっかり周知し、もし正しく運用されていない場面を見かけた場合にはそれを是正する」という監督を継続して行う必要があります。
と言いますのも、
- 新しいルールを一度言われてすぐ覚えられる人なんて少ない
- 「今までのやり方のほうがやりやすい」などのように自分のやりやすさを優先する人もいる
- ようやく現場でルールが浸透してきたとしても、作業者の入れ替わりがあればまた教育が必要
ということが現場では起こるからです。
そして「このような監督は誰がやるのか?」という問題でもトラブルは起こりやすいです。
日々の忙しい業務に加えて、ルールの監督を喜んで受け入れる人なんてほとんどいませんから、その結果「いつの間にかルールが作られる以前の状態に戻ってしまった」というケースはよく聞きます。
効果的な安全対策を強化するために
では、生産性を向上させながらも効果的に安全対策を強化するためにはどのようにすればいいかについて、いくつかのヒントをご紹介していきます。
リスクアセスメントを実施しよう
工場での作業には多かれ少なかれ危険は存在するものですが、その中でも「対策するべき危険の優先順位」をつけることが非常に有効的です。
そのために使われる手法が「リスクアセスメント」です。
リスクアセスメントは2006年頃の労働安全衛生法の改定により努力義務化されているもので、人が怪我を被るような箇所や状況(=危険源)について、それが許容できるものかどうかについて評価をする手法です。
リスクアセスメントでは危険源を完全排除できるのであればそのように対策しますが、仮に完全に排除されなくとも許容されるレベルだと判断されればそれで良しとします。
そして許容できないような危険源に対して優先的に対策を実施することで、効果的に安全対策を進めるようにしていきます。
評価のやり方は
- 危険が発生する頻度(数時間に1回レベルとか、月に1回レベルとか)
- その危険による被害(かすり傷レベルとか、骨折レベルとか)
の2つの観点から評価をしていくのが一般的です。
実際、現場によってどのようなものがリスクとなりうるかは変わると思いますが、厚生労働省のホームページにリスクアセスメントのフォーマット例が作業別に公開されています。
気になる方は参考にできそうなものがあるか、ぜひ探してみてください(厚生労働省、リスクアセスメントの実施支援システム)
仕組みで対策しよう
対策が必要な危険に対してのアプローチ方法として、まず考えるべきは「仕組みで対策する方法を考える」ということです。
例えばヒューマンエラーが発生した際「そのようなことがないよう、今後は気をつける。考えて作業する」という精神論は何も対策になっていません。
「何をどう気をつけ、考えるのか?」という具体性がないですし、気をつけていたとしてもヒューマンエラー自体がなくなるわけではありません。
もしかしたら別の人が同じようなミスを繰り返す可能性も十分にあります。
具体的には、
- フェールセーフ:なにか危険や異常事態が発生した際に、安全が保護される仕組み
- プルーフルーフ:ヒューマンエラーがそもそも発生しない、あるいは発生しても重大な災害が起こらないような仕組み
を導入していきます。
生産現場に導入される機械を設計する際の安全対策の文脈で説明されることは多いのですが、人手での作業においても重要な仕組みの考え方であることは変わりありません。
機械と人との両面で対策しよう
実際に安全対策を導入するうえでは、機械と人との両面から対策を実施することが最も現実的かつ理想的です。
基本的には、まず機械的に対策することが望ましいです。
機械的な対策をすることでヒューマンエラーが起こることがありませんし、何かルールを設けたり管理したりする手間もなくなります。
代表的なのはインタロックと呼ばれる「間違った操作をすると、そもそも機械が起動しないような仕組み」ですが、そこまでのものではなくとも、
- 現場内の鋭利な部分をスポンジテープで保護し、人が怪我しないようにする
- 不用意に機械のねじが取り外されたりしないよう、いたずら防止ねじを使用する
- 手押し台車が勝手に走っていかないよう、人がハンドルを握っていないときは自動的にブレーキが掛かる台車を使う
など、身近な対策でも十分に効果があります。
もちろん最新の技術を使って、より高度な安全対策を導入することも良いかと思います。
しかし、機械的な対策だけでは不十分なケースも多々あります。
例えば、「階段でつまずくと危ないから」といっても「機械的に階段をなくす」ことは困難ですし、「機械が故障しないよう機械的に対策する」と言っても「その対策した機械が故障したらどうするか?」といういたちごっこになってしまいます。
こういった部分は人による対策をすることが効果的です。
- 安全靴や安全ゴーグルなどの保護具で対策する
- 機械の定期点検や保守・保全をする(そのための専門知識は必要にはなりますが)
- トラテープやカラーコーンを使って危険箇所であることをわかりやすくする
- 現場での5S活動を習慣づける、
などは、安全対策として非常に効果的に働きます。
もちろんチェックリストやルールの制定も、十分に考えられたもので、かつしっかり現場で活用されるようになっていれば、安全対策として一定の効果を発揮します。
このようにして安全対策を導入することで、高い生産性を保ちつつもゼロ災を維持できるようにしてみてください。