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技術コラム

この設計、どこが悪い? - 締結設計の"地獄"めぐり

2025.01.09
設計1年生への基礎知識

どーも、しぶちょーです。
いきなりですが、皆さんは地獄めぐりをご存じですか?大分県別府市にある観光名所の一つで、地獄に例えられた独特の景観を堪能しながら見回る人気のスポットです。本記事では、温泉の地獄めぐりではなく、締結の設計における”地獄めぐり”をしていただこうと思います。新人設計者が陥りがちな地獄への落とし穴、私がガイドしますので一緒に巡っていきましょう!

地獄へのトビラを開く!? 新人君の事例

いきなりですが、新人君の設計事例を見てみましょう。

 

2つの部品をブラケットで締結しています。なんの変哲もないどこにでもありそうな設計事例ですが・・・実はこれ、「地獄」です。私には笏を持った閻魔大王姿がくっきりと見えます。名づけるならば、「戦慄の高さ方向地獄」です。もう一つ、事例を見てみましょう。今度は溝に挟まる形で部品が締結されていますね。

これも地獄です。私には魑魅魍魎が蔓延る地獄の底がはっきりと見えています。名づけるなら「恐怖の横方向地獄」です。ただ、新人設計者には何が悪いのかおそらくわからないと思います。なぜなら、模式図で見た限りでは何の問題もないからです。

ここまで何度も使ってきた、”地獄”という言葉ですがこれは「調整代がなく自由が利かない状態」を表す製造業の現場用語です。では、上述した設計事例がどのように地獄(自由が利かない)のかを見ていきましょう。

どんな地獄が待ち受ける!? 締結地獄めぐり

地獄の話をする前に、前提知識として『普通公差』の話をします。何か部品を作る際は、図面で寸法を指定します。例えば、100mmの長さの部品を作りたいとしましょう。しかしながら、100mmピッタリの部品を作ることは不可能であり、完成品の寸法には必ずバラつきがあります。これは部品製作上しかたのないことです。なので、機械設計においては、このバラつきの範囲を指定して、その機械に必要な寸法を確保します。これを公差と呼びます。

製品の寸法に対する公差を寸法公差、幾何的な関係(平行や直角)などに対する公差を幾何公差と言います。厳しい公差を指定すればするほど、精度の良い部品になりますが、それだけ部品製作のコストが跳ね上がります。よって、必要な箇所にのみ必要最低限の公差を指示することが設計者には求められます。

ここで一つ疑問に思って欲しいのが、”公差を指定しなかった箇所はどうなるのか”ということです。『バラつきの範囲をしていないんだし、いくらズレても大丈夫ってことだな!』とは、当然なりません。公差を指定しなかった部分に関しては、普通公差が自動的に適応されるルールとなっています。普通公差の範囲を下記の表に示します。

引用 (JISB0405:1991) https://kikakurui.com/b0/B0405-1991-01.html

長さ100mmの部品を作る場合、公差等級にもよりますが最大で±1.5mmズレる可能性があるという事ですね。一般的な加工部品であれば、公差を指示する箇所の方が少ないです。つまりは、ほとんどの箇所で普通公差の範囲で”寸法がズレる可能性”があるのです。機械設計ではこのズレの可能性を考慮して、その分を吸収できるような設計をする必要があります。ここで、地獄の設計の図解に戻りましょう。今話した普通公差の考えを持ってみてみると、地獄の全容が見えてくるはずです。

ハッキリと閻魔大王の姿がみえてきましたかね?

このような形で締結してしまうと、寸法のバラつきによっては上手く締結できません。スキマが空いてしまったり、逆に寸法が大きすぎて部品が入らなかったり、色々と不具合が起こります。締結に関する重要な寸法関係を部品の精度に頼り切ってしまっているため、基本的にこういった形は成り立ちません。ここで無理矢理、ネジを絞めこんでしまったたらあらぬ方向に負荷がかかり、思わぬ破損を招く可能性もあります。このように寸法のバラつきを考慮できない構造を”地獄”と呼ぶのです。

地獄を脱する蜘蛛の糸!? クリアランスの重要性

では、地獄から脱するためにはどうすればいいのか。重要になるのは、クリアランスです。機械設計においては、部品の寸法のバラツキを吸収できるようにクリアランスを持たせるのがセオリーです。それを考えずに行った設計が、地獄への片道切符となるのです。クリアランスの確保の方法は多々ありますが、最も使いやすく汎用性が高いテクニックが長穴の活用です。長穴とはその名の通り、下図のような穴の事です。長手方向にゆとりがあり、多少位置がズレても問題なく締結が可能です。

先ほど紹介した「戦慄の高さ方向地獄」や「恐怖の横方向地獄」も基本的には、長穴で寸法のバラつきを吸収できるような形に変更してあげればOKです。必ずしも長穴である必要はなく、通し穴分のクリアランスがあれば十分の場合もあります。とにかく寸法が変動する可能性がある方向にクリアランスを作るような締結を心がけることが大切です。

このような設計は、部品を地獄から救い出すため、お釈迦様から垂らされた蜘蛛の糸と呼べるかもしれませんね。しかしながら、芥川龍之介の蜘蛛の糸と同様、長穴という蜘蛛の糸に頼り過ぎるとその糸は重みでぷっつりと切れて、再び地獄にまっさかさま・・・なんてことになりかねません。

一心同体!? 基準とクリアランス

前述のとおり、クリアランスを設けることは設計において非常に重要です。しかし、そういうとこのように考える人もいます。

『全ての穴を長穴にしてしまえばいいのでは!?』

そうすれば、調整し放題、地獄の締結になりようがない、というわけです。ただ、当然のことながら、そうは問屋が卸しません。クリアランスだらけにしてしまうと、逆に上手く組み立てができない、なんてことも起こります。長穴だらけにすると部品の正しい位置(基準)がわからず、組み立てる度に全く違う寸法になってしまったりもするのです。

自由であるほど、不自由になってしまう・・・。自由とは何か、考えさせられますね。光があるから影がある、縛りがあるから自由がある。そういった対立関係と同様に、クリアランスは基準あってのクリアランスなのです。全てが自由の設計ではダメなのです。クリアランスというのは、必ず基準とセットで設ける必要があります。基準となる部品は、段差やピンなどを設けて突き当てて位置を決められるようにするとよいでしょう。自由に動かない部品があって、初めてクリアランスが活きます。クリアランスを持たせる場所、持たせない場所のメリハリが大事なんですね。これを意識すれば、あなたの設計も地獄から抜け出して、極楽浄土にたどり着ける・・・かもしれません!!

まとめ

部品のバラつきは図面上には表れていません。組図では、成り立っているように見えても実際に組み立ててみたら上手くいかなかった、なんてことは機械設計の世界では日常茶飯事です。そういった図面からはパッと見えないことに気が付き、設計に落とし込むことこそ設計のセンスの一つだと言えます。最初のうちは気が付くのが難しいかもしれませんが、経験を積むごとにだんだんと「地獄」が見えるになるでしょう。まずは、地獄に落ちてみるのがいいかもしれません。というと、いささか物々しい表現ですが、設計が悪くて困るのは、設計者ではなく往々にして現場やその先の後工程です。設計の地獄は設計者本人からは見えていない場合もあります。現場と対話し、学び続けることで、極楽浄土の設計者へと近づけるでしょう。

本記事も皆さんへ垂らした私なりの蜘蛛の糸です。何人ぶら下がっても大丈夫なように、掴みやすく切れにくい、ぶっとい金属ワイヤーにしておきました。是非、皆様の今後の設計にお役立てください。

筆者プロフィール

しぶちょー
「しぶちょー技術研究所」サイト運営者

技術士(機械部門)。
機械メーカーに勤める現役の技術者。
機械設計担当として産業機械の新製品開発に従事し、現在はAI・IoTを用いた新機能開発を担当。
個人活動としてモノづくり技術に関する情報発信を行っており、技術ブログ(しぶちょー技術研究所)・音声配信(Podcast:ものづくりnoラジオ/Voicy:ものづくりnoシテン)・SNSなどで幅広く活躍。専門家でなくても楽しめるわかりやすい解説で人気。

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